映画「グランツーリスモ」レビュー ”車版トップガンでありボヘミアン・ラプソディである”

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映画「グランツーリスモ」を見てきました。
これはレーシングゲームとして非常に有名な「グランツーリスモ」を題材にした映画で、私自身ゲームを初代からプレイしていて最新作の7も(弟に借りて)一応プレイしているほどに思い入れの深いゲームです。また最近では息子も同じく遊んですっかり車好きになっていたりするので一緒に見ようということで男3人で見てきました。
しかし始めにGTが映画化と聞いたときはどうゆうこっちゃ?と思いましたし、ゲームを知らない人もよくわからないと思う人も多いかと思いますが、結論としてはGTを知らない人にもオススメできるとてもおもしろい映画でした。

グランツーリスモ Amazon Prime

グランツーリスモを知らない人にもおすすめ。

グランツーリスモというゲームは一言で説明すると車のシミュレーターであり、実在の車に乗ることを楽しみレースをするゲームです。
それが実写映画になるってもはやただの車では?って疑問が湧くのですが、このゲームにまつわることで実際にあった話が題材になっています。

それは「GTアカデミー」という試みで、GTの上手いプレイヤーを選抜して、プロの指導者の元、本物のレーシングカーを運転する技術をつけて本物のプロレーサーを育てようという企画でした。このことを題材としたストーリーになっています。

スポ根ど直球、胸熱な展開。

Gran Turismo – GranTurismo

プロレーサーになることを夢見てGTをプレイしているヤンという若者がGTアカデミーに応募し、プロのレーサーを目指していきます。GTアカデミー内で切磋琢磨する展開はまるでトップガンを見ているかのようで鬼教官的なエンジニアとぶつかりながら成長していく様は直球のスポ根ドラマ感があり熱いです。

また、主人公の周りには「ゲームばっかりしないで将来考えろ」という親がいたり、スポーツで輝く弟がいたり、ゲーマー世代のコンプレックスを刺激してきます。

中盤、ある深刻な事態が発生からのクライマックスの展開、これらはすべて史実に基づいていますが、ドキュメンタリーというよりはあくまで2時間の映画として脚色されている感じはQueen映画の「ボヘミアン・ラプソディ」を思い出しました。ゲームや史実についての予備知識は全く無くても楽しめます。

現実のようなゲームを題材に現実がゲームに見えてくる映画

グランツーリスモは「まるで現実のようなゲーム」の代表であり先駆けでした。それも今となってはグランツーリスモ以外の様々なゲームでもリアリティの追求というのは極まってきており、ゲームを称賛するのに「まるで実写じゃね?映画じゃね?」という言われ方それ自体もなくなってきたように思います。
かたや映画におけるVFX表現もしかり、コミックのヒーローは実写の中で暴れまわり、現実よりもむしろゲームに寄せたような「ジョン・ウィック」みたいな映画が生まれたりしています。

そんな中、映画のグランツーリスモは「現実がゲームに見えてしまうような表現」をしていました。
メイキングによるとあらゆる車のシーンは実際の車を可能な限り使い、カメラを車の後方に取り付けることでレースゲームでしか見ない車の後方固定視点でシーンが展開されたり、主人公が町中でとあるチェイスシーンをするときに画面の中にゲームっぽいインジケータが色々出てきたりするおもしろい表現がありました。
これは我々の日常生活においても「あれ、今俺ゲームやってるみたいじゃね?」って思ってしまうような瞬間があると思うですが、それを映画に落とし込んでいるのが斬新でした。

ゲーマー世代の俺たちの映画

グランツーリスモファンとしての満足度はもちろん高かったのですが、それを抜きにしてもとても熱く楽しめる映画でした。監督のニール・ブロムカンプさんは44歳で非常に若い感性をもった監督です。

この映画のストーリーと表現はゲームで育った我々の世代の背中を後押ししてくれるような内容でお気に入り映画の一本になりました。

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