映画『国宝』感想 ― “ホンモノ”を体現する役者の演技とストーリー

映画・音楽・エンタメ

ようやく観てきました。公開から何ヶ月も経ってるのに、祝日の朝9時で満席の盛況っぷり。イオンシネマの株主優待で現地購入したんですが、残ってたのは最前列の右端だけ。3時間待つのもアレなのでそこで観たんですけど、肩と目が3時間の長丁場で限界…。でも、それを差し引いてもめちゃくちゃ面白かったです。

主演2人の歌舞伎演技の美しさ

まずは主演2人の演技と美しさ。歌舞伎は一度も観たことがないんですが、一つ一つの所作に「本物感」がありました。役者本人が全力でパフォーマンスするのが見せ場になっている作品は多くてNetflixの『極悪女王』とか、海外だと『トップガン マーヴェリック』とか『F1』とか。
本作もそれに負けない迫力があって、しかも題材は歌舞伎という伝統芸能。それを“ホンモノ”らしく見せてくれる役者のパフォーマンスが素晴らしかったです。

美しく人物の内面に寄ったカメラワーク

監督は、「フラガール」の李 相日監督、撮影はソフィアン・エル・ファニさんという方で、どことなく海外から観た日本のプロモーションビデオを思わせる切り取り方もあり、寄りの画で人物の心情を大きく映すカメラワークが印象的でした。そしてそこにうつる2人の主演の国宝級イケメンの美しさ。特に吉沢亮さんの肌のツヤッツヤ感。これが間違いなくこの映画のメインの魅力であります。

そして終盤で歌舞伎のメイクが崩れた状態で屋上で踊るシーケンス。ここは映画好きなら誰しも連想するのはホアキン・フェニックスの「ジョーカー」が堕ちていくときに踊るシーン。それとは背景も心境も同じではないですが、映画のハイライトのシーンの一つでした。

歌舞伎の魅力を引き出す編集と劇伴

もし歌舞伎を本当にそのまま映画に映したら、テンポが合わなくて退屈になりそうな気もするんですよね。でもこの映画は編集のリズムとか、舞台上の目線や小さい会話のやりとり(実際はそこまで喋らないだろうけど)でドラマシーンとして見せてくれる。そして歌舞伎の演目と映画本編のストーリーをリンクさせることで、テンションを保ったまま歌舞伎のハイライトシーンを見ることができました。

それから、歌舞伎の演技中に流れる音楽。実際の三味線とか太鼓とかの演奏とは別にオーケストラ的な音を重ねてるんですけど、これって下手するとちぐはぐな印象になるはず。でも違和感なく馴染ませて人物の感情を増幅させる効果が生まれていて、映画的な高揚感をしっかり作ってました。

田中泯さんの“人間国宝”感

主演2人の演技もすごかったんですが、驚くほど印象に残ったのは人間国宝の師匠役をやってた田中泯さん。画面に出てきて、ほんの一言二言しゃべっただけで「あ、ホンモノだ…」って思わせる存在感。オーラが段違いでした。主人公が“悪魔”と契約していく行く末に説得力を与えていました。

渡辺謙さんの息子でない役者の芸に見惚れる頑固さ、でも息子はやっぱり息子という揺れ動く人間味も良かったですけどね。

師弟・親子・ライバルの間に流れる真実味

こういう「ホンモノ」を描くタイプの映画って、ふと「でも結局映画は作り物じゃん」と冷めそうになる瞬間ってあるんですよね。

そんなことを考えてふと思い出したのが海外の『セッション』という映画。あの映画も
「いや、このハゲじじいはほんとにすごいの?」とか思いながら観てたんですけど、途中で気づいたのは「この師匠と弟子の間にある感情とストーリーは真実たりえる」ということ。師匠が本当に偉大かどうかは分からなくても、この弟子にとっては真の師匠であり、そこでぶつけ合った感情は確かに“本物”になる。

『国宝』も同じで、吉沢亮めっちゃがんばってるという印象から、喜久雄の目線に気持ちが移っていくと、すべてが本物に見えてくる瞬間がある。役者のパフォーマンスと演技力があってこそですが、引き込まれるストーリーによって真に迫ってくるものがあります。

とてもおもしろかったです。次は映画館の後方に座って、腰を据えて観たいです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました